●性格は顔に出る?
似顔絵を描きはじめてもう10年以上になる。始めの頃はとにかく描き上げるだけで必死だったので、前に座ったお客さんが「どんな人かなぁ〜」と観察するような余裕は全くなかったが、何年かするうちにその場を逃げ出したくなったり、透明人間になりたいと思うような失敗もしなくなり、わりと冷静にお客さんを観察できるようになった。そうこうしている内に、お客さんにはある種のタイプのようなものがあるような気がしてくるようになった。大きく分けると、「自分の容姿以上にカッコよく、きれいに描かれたい人」と、「デフォルメ(誇張)して描かれた絵を喜ぶ人」の2つである。私が描く似顔絵とは、前に座ったお客さんから受けた第一印象をデフォルメして描くというスタイルなので、時にお客さんとの間に出来上がる似顔絵のイメージにかなりの開きが出てくる時がある。もちろん、自分の好きなようにデフォルメして描いた似顔絵が必ずしもお客さんが望んだ似顔絵ではないという事は十分分かっている。その場でお金を頂いて描く訳だから、注文したお客さんにも喜んでもらえるような絵になるように仕上げるのは当然のことだ。しかし「自分の容姿以上にカッコよく、きれいに描かれたい」お客さんで、その思いが異様に強い人の場合は非常に始末が悪い。
斜45度に座る人
よく昔のセピア色の写真で、被写体が正面ではなく斜め前を見つめている写真というのがある。心持ち顔を上向きにしカメラマンの正面より少し右や左の彼方を見つめてポーズをとっているアレである。正面より顔を少し斜めに向けたほうが写真写りが良いという話はどこかで聞いた事があるので、最初は「そういうもんか」とあまり考えなかったが、そういう座り方をする人に限って少しデフォルメされた似顔絵の出来(自分では「これは似たぞっ!」と心の中で叫んでいる)にあまり満足していないようなのである。中には「俺こんなんかなぁ〜?」と周りの友人に見せ、みんなに「似てるでぇ〜」と言われても尚、納得しないで帰っていく人もいる。中年の女性ならまだその心理は理解できる。若い女性もまだ分る。しかし男性にもこのタイプの人が確実に存在しているのだ。なにも「男は外見でなく中味で勝負しろ!」と主張している訳ではない。老若男女をとわず、自分の容姿がどのように写っているのかを非常に気にする人は、非常にギスギスした印象を受けるのである。
笑顔の歪み
具体的にどういう印象かというと、こちらから見れば十分魅力的だったり、何も全く気にならない容姿なのに、どこか自分の容姿に自信がなくて四六時中その事を気にしている・・・、という素顔を「それは絶対に悟らせない!」という鉄仮面で覆っている感じなのである。だから、そういうお客さんの見せる笑顔というのはどこか歪みがある。例えば口元の左右どちらかがひきつるように上がっていたりする。もしくは、「あっ、この人表情を作ってるな」というのが手にとるように分るのである。そんな笑顔って良い笑顔だろうか・・・?
シワは人生を物語る
もう5年以上前になるが、鳥取県の米子市で似顔絵を描いていた時、かなり年配のおばあさんを描いた事がある。そのおばあさんは年相応?にシワが沢山あったが、そのシワの出来かたは非常に素晴らしいものだった。「シワに素晴らしいもヘッタクレも無いワイ!」と怒られる方もいるかも知れないが、一度のそのシワを見て頂ければ納得する筈である。元来、シワとは顔の筋肉にそって出来るものだと思うが、その時初めてシワとは、その人がこの時点まで生きてきた間に、どんな表情を多くしていたかによっても作られるものなんだ!と思った。そのおばあさん、シワが多いのに非常にきれいなのである。スルメのように後からじわじわとにじみ出てくるような綺麗さなのだ。「笑いジワ」とでもいうのか、時々スーパーの中で見かける眉間によったシワがそのまま本当のシワになってしまったおばさんとは雲泥の差である。私はその時、非常に気持ちよくそのおばあさんの似顔絵を描く事が出来た。こっちが心洗われる感じである。もちろんそのおばあさんは似顔絵の出来を非常に喜んで下さった。描き手の冥利に尽きるというものである。
心の豊かさがきれいな顔を作る
この出来事以来、性格と顔の表情の関連について深く考えるようになった。だから「デフォルメ(誇張)して描かれた絵を喜ぶ人」を数多く見てきて思うのは、顔の良し悪しが、鼻とか目という部品の造型が美しいから良い顔なのだというものでは無く、内面の美しさが、顔から受ける印象を良くしているという事だ。昨年、結婚式のウェルカムボードの為の似顔絵を描いた時、お会いした新郎新婦の雰囲気が非常に良かった。新婦の顔の造形的特徴を客観的にいうとこんな感じである。『顔はサイコロのように四角く角張っていてエラも張っている』、そして『目は一重で小さい』のである。一般的に言って美形といわれる顔ではない。本人も恐らく十分自分の顔については理解されているだろう。しかし、その表情は非常に綺麗だった。心の余裕というか内面の豊かさを痛感したのである。昨今、『プチ整形』なるものが流行っているらしい。しかし、いくら外見の造型を綺麗にしたところで、内面から滲み出てくる美しさが無ければ、その笑顔は非常にぎこちないものになると思うのである。人込みの中で急いでいるのに思うように前に進めなかったりすると、つい心の中でイライラしている自分に気付いて、「おっと、今のイライラ、顔に出てるんとちゃうやろか?」と、思わず自分を戒める今日この頃である。
【おわり】
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